建築士の本棚「火山のふもとで」

「夏の家」では先生がいちばんの早起きだった。
玄関の内側にかけてある心張り棒を外して、、、、真鍮のドアノブに麻縄のフックをかけておく、、
白いかたまりが桂の枝や葉ををゆっくり撫でながら動いている。静かだった。
鳥もあきらめて囀るのをやめたのだろう。
霧の匂いに色があるとすればそれは白ではなく緑だ。


序文の一節ですが、美しい軽井沢の情景と美しい建築の世界の始まりを予感させてくれます。

夏になると一時的に先生の別荘(軽井沢)に移動して仕事をする建築設計事務所が舞台の小説を読みました。
2012年に刊行されたかなり前の本になります。
最近(かなり後になってからですが、、、)母からの勧めで知るに至り読むきっかけになりました。

「火山のふもとで」松家仁之(新潮文庫)

主人公は坂西徹は大学を卒業後、見習い所員として自身の尊敬する建築家・村井俊輔の設計事務所で働くことになります。
読み進めていくと建築に詳しい方であれば、村井俊輔(先生)のモデルは誰であるのか
読み進めていくと、何となく察しが付くと思います。
そう日本を代表する建築家・吉村順三です。

建築に対する理論が詰め込まれた内容は、即マーカーチェックレベル。

下記はその一部のご紹介です。

「限られた空間のなかに、掛け算や足し算をすることなく、あたらしい空間を作りださなければならないところでしょうか」
設計事務所の面接時に先生から住宅の設計では何がいちばん大切なのかという質問に対して
坂西が答える場面です。坂西くんは設計者としてはもう完成しているんですよね。。

「コンパクトでシンプルというのは相手を選ばないんだ。
どういうつくりになっているのかを説明しなくても、使い方がおのずとわかるからね。
建築でちょっとした仕掛けを考える時も、住むひと、使うひとがその仕掛けをおのずと発見できるようにしておくのが理想だよ。
取扱い説明書なんてつけなくてもわかるほうが、はるかに上等なんだ」

これはアフォーダンスといったことですが
世の中にはデザインはいいのに、どうやって使うのかわからないものってありますよね。

「建築の細部というのは胎児の指と同じで、主従関係の従ではないんだよ。
指は胎児が世界に触れる先端で、指で世界を知り、指が世界をつくる。椅子は指のようなものなんだ。
椅子をデザインしているうちに、空間の全体が見えてくることだってある」

これは、家具は後で考えれば良いという所員に対しての先生のセリフです。

「家を守るというのは難しいんだ。設計をするとき、火事になりにくい家、地震で崩れ落ちない家をできるかぎり心がける。それは建築家の大事な仕事だ。
でもかりにだよ、東京全体が焼け野原になるような大震災があったとして、自分の家だけが燃えず崩れずでいいのか。これは考えておいていい問題だよ。
焼け野原に、ぽつんと自分の家だけが残った光景というのを想像してごらん。まわりの人がたくさん亡くなっている。

こちらは人命はもちろん、家財道具も全部無事。
これはね、耐えがたい光景だ。そんな事態に人はもちこたえられるだろうか。最後は運を天にまかせ、偶然の助けがあったと思えるから、なんとか耐えていけるんじゃないか。防災をあまりに徹底した家というのは、これは要塞であって、住宅ではない。居心地がいいかどうか、はなはだ怪しい。要塞に住むなんて、つねに災厄を考えながら暮らすようなものだからね」


「一点の隙も曇りもない、完璧な建築なんて存在しない」
「建築は芸術ではない、現実そのものなんだよ」


ご紹介したい内容は山ほどありますがこの辺で、、。

物語の舞台は1980代。まだ現在のようにCADを使わず鉛筆を削って図面を手書きしていた頃のお話です。
時間の流れは穏やかで、所員が交代制で食事を丁寧に用意しみんなで食卓を囲む風景。
時々出てくる、おやつや音楽のチョイスにも手を抜かない豊かさ。
美しい軽井沢の情景と美しい建築の中で、何もかもが美しい。

今回は初読で1回目ですが、少し時間をおいて2回、3回と読むごとにより深く楽しめそうな予感がします。
その際には、今後この記事の内容も変えていくかもしれません。

伝記ではなくあくまでフィクションと捉え読む必要がありますが
村井俊輔のモデルが吉村順三。
ライバル建築家の船山は丹下健三。
家具担当の内田さんのモデルは中村好文氏。(実際に作者松家氏のお宅は内田さんの設計とか、、、)
ともなれば、建築関係の方であればきっと読みたくなるはずです!

ところで作者の松家氏は、もしかすると元建築関係者の方なのでは?とも思っていましたが
(とんでもなく内情を知るものでないと書けないようなことがいっぱい出てきますから、、、)
実は元編集者の方のようです。
建築の外側の方が書いた小説ということに、敬服いたします<(_ _)>

建築関係者はもちろん、建築を知らない方でも十分に楽しめる小説です。
秋の夜長にぜひ🌙